街と旧跡めぐり | 鎌倉の奥深い魅力を伝える大人のためのローカルメディア

鎌倉通 鎌倉観光案内  >  街と旧跡めぐり

街と旧跡めぐり

稲村ヶ崎 新田義貞徒渉伝説地

サーフィンスポットとして、江ノ島や富士山を臨む景勝地として有名な稲村ヶ崎。ここはかつて新田義貞率いる倒幕軍が鎌倉攻め(元弘の乱)において、突破口を開いた場所としても有名です。新田義貞が海へ剣を投じると引き潮が起こり、岬経由で攻め込んだ新田軍に対して幕府軍総崩れになったと言います。

映画「稲村ジェーン」の舞台 稲村ヶ崎

1990年に公開され若者を中心に話題となった映画「稲村ジェーン」。映画の挿入歌「忘れられたBig Wave」も話題になりました。この映画は桑田佳祐さんの初監督作品であり、1960年代頃の鎌倉、稲村ヶ崎を舞台とした映画です。現在の稲村ヶ崎も多くの人々がサーフィンを楽しむスポットとなっています。

旧 鎌倉御用邸門(現 御成小学校)

御用邸と言えば葉山が有名ですが、かつては鎌倉にも御用邸がありました。もともとは1899年に建てられ、1931年に御用邸が廃止された後に小学校へと姿を変えました。現在は残された御用邸門(現在は小学校の正門)だけが当時の雰囲気を今に伝えています。

和賀江島(わかえじま)

鎌倉時代に造られた国内最古の築港遺跡で国の史跡にも指定される和賀江島です。鎌倉時代には材木や石材などを荷揚げする港として使われていたと伝えられます。この付近の海は遠浅となっているため、干潮時の際には和賀江島付近まで歩いて訪れる事もできるようになっています。

源氏山公園の源頼朝像

かつて源義家が後三年の役に際して、山頂に白旗を掲げて戦勝を祈願したと言い伝えられる源氏山。それから長い時間を経て現在は市民の憩いの場となっています。源頼朝像は銭洗弁天を超えて、約7分ほど山を登った高台に位置します。

日蓮上人辻説法跡

日蓮上人は現在の安国論寺のある松葉が谷周辺に草庵を構え、日々小町大路のこの周辺にて辻説法を行ったと伝えられます。JR鎌倉駅からほど近い場所に位置するこの場所は、日蓮の法華経が広がるきっかけになった場所とも言え、鎌倉時代の歴史の足跡を伝えるスポットの1つとなっています。

若宮大路幕府跡(わかみやおおじばくふあと)

源頼朝が政治を司った大倉御所、そして3代執権の北条泰時の時代に御所は宇津宮辻子へと移転、さらにその後1236年に再びこの場所へと御所は移されました。この若宮大路幕府での政治は、鎌倉幕府が滅亡するまで続いたため、歴代の中で最も長く政庁の置かれた場所です。

宇津宮辻子幕府跡(うつのみやずしばくふあと)

鎌倉駅前から近い鶴岡八幡宮の二ノ鳥居、そして本殿へと続く段葛(だんかずら)。宇津宮辻子幕府跡は二ノ鳥居からすぐ、鎌倉彫会館の裏の路地の中にひっそりと佇みます。鎌倉幕府の三代執権、北条泰時が大倉御所からここへ御所を移したと伝えられています。

大蔵幕府跡(おおくらばくふあと)

鎌倉に入った源頼朝は鶴岡八幡宮の東、雪ノ下の地に御所を建てて幕府を開き、政治を司ったと伝えられます。現在周辺は住宅街となっており大倉幕府跡を示す石碑が立つ場所は小学校となっています。石碑からすぐ近くに位置する大倉山には源頼朝公の眠る墓があります。

大佛茶廊(おさらぎさろう:旧 大佛次郎邸宅跡)

「鞍馬天狗」「天皇の世紀」「赤穂浪士」「大仏炎上」などの作品で知られる作家、大佛次郎(おさらぎじろう)の邸宅跡。鎌倉をこよなく愛した作家で、鎌倉の景観保護に尽力した方でもあります。大正8年に建てられた茅葺き屋根のこの邸宅は、家具・インテリアを手がける「IDEE」さんの協力で修復されたそう。

1 2 3

口コミ評判投稿数ランキング