稲村ヶ崎 新田義貞徒渉伝説地
サーフィンスポットとして、また江ノ島や富士山を臨む景勝地として有名な稲村ヶ崎。ここはかつて鎌倉時代末期に、新田義貞率いる倒幕軍が鎌倉攻め(元弘の乱)において、突破口を開いた場所としても有名です。新田義貞が海へ剣を投じると引き潮が起こり、岬経由で攻め込んだ新田軍に対して幕府軍総崩れになったと言います。
■アクセス:江ノ島電鉄「稲村ヶ崎」駅下車、徒歩約8分
■鑑賞時間:随時可
■鑑賞料金:無料
■所在地:神奈川県鎌倉市稲村ガ崎1丁目
■電話番号:0467-23-3000(鎌倉市観光課)
■詳しい位置を確認する(地図)
稲村ヶ崎 新田義貞徒渉伝説地の口コミと評判 8件
新田義貞が鎌倉幕府を滅ぼすために鎌倉に攻め入ったとき、この稲村ヶ崎で剣を投じて祈ったところ潮がひいて市内に突入することができたという『太平記』の著名なエピソードがある岬である。私が行ったときは、満潮時で不運にも鎌倉は攻め落とせなかったw
五月晴れの海は穏やかで江の島と小動岬の間にボンヤリと富士山!絶景の撮影ポイントだが今日は観光客も少なめ。
公園の中に入ると鎌倉町青年団の歴史碑があります。新田義貞が黄金の剣を投じたところ海水が引いて海から鎌倉へ攻め込むことができたという「徒渉伝説」の地です。
稲村ケ崎に「新田義貞古戦場跡」の碑がありました。文部省唱歌芳賀矢一作詞「かまくら」から…「七里ガ浜のいそ伝い稲村ケ崎名将の剣投せし古戦場」。「太平記」によれば5月21日、義貞は後醍醐天皇から下賜された黄金の太刀を海に投げ入れ龍神に祈願すると、たちまちに潮が引いて干潟が現れたといいます。
稲村ヶ崎は桑田佳祐が監督した映画「稲村ジェーン」で有名になり、夕日のきれいな場所としても人気があるが、元弘3年(1333)新田義貞が鎌倉攻めの際海中に宝剣を投げ入れ、潮が引いたところを一気に攻め入った…という伝説が有名な場所でもある。
藤沢から稲村ケ崎を強硬突破し、鎌倉へ乱入。東勝寺合戦で北条高時一族を自決に追い込み、挙兵からわずか15日で鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ。
稲村ガ崎と言えば新田義貞が倒幕のために鎌倉へ攻め上った時に干潮を利用して強行突破したと伝えられる要害の地です。後醍醐天皇から下賜された黄金の太刀を海中に投じて龍神に戦勝の祈願をしたという伝説もあるそうです。
稲村ケ崎から見る夕日は美しい。波も風も激しい。頭の上には鳶が飛び交う。そういう情景に惹かれて、岬に一番近く眺望のよい「イタリア料理店」に何度か通った。
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元弘3年(1333)新田義貞が鎌倉攻めの際、海中に宝剣を投げ入れ潮が引いた所を一気に攻め入ったと言う伝説はあまりにも有名。今では整備された公園となり、七里ガ浜から江ノ島に続く海岸線、その後にそびえる富士、沖には伊豆諸島といった景観の望める場所である。