源義朝公の墓 | 鎌倉の奥深い魅力を伝える大人のためのローカルメディア

鎌倉通 鎌倉観光案内  >  街と旧跡めぐり  > 源義朝公の墓

源義朝公の墓

平治の乱に敗れた源義朝公は忠臣、鎌田政清公とともに関東で再起を図るために落ち延びる途中、尾張にて家人の裏切りに遭い無念の最期を遂げたと言います。その後武家政治の道を切り開いた源頼朝公が、父・源義朝公の菩提を弔うために雪ノ下に「勝長寿院」を建立します。


1160年(平治元年)、平治の乱に敗れた源義朝公は忠臣、鎌田政清公とともに関東で再起を図るために落ち延びる途中、尾張にて家人の裏切りに遭い無念の最期を遂げたと言います。その後時代は流れ1184年(元暦元年)、鎌倉で本格的な武家政治の道を切り開いた源頼朝公が、父・源義朝公の菩提を弔うために鎌倉・雪ノ下に「勝長寿院」を建立します。建立にあたり、京の都にて逆賊として扱われたその後の源義朝公の首を探し出し、この地にて埋葬したと伝えられます。鎌倉時代には一大伽藍であった勝長寿院ですが、その後時代は流れて消失、現在は山間の住宅地にひっそりと、勝長寿院跡、源義朝公の墓、鎌田政清公の墓が佇み、源氏の歴史を今に伝えています。


■アクセス:横須賀線「鎌倉駅」下車、東口から鎌20系統「大塔宮」行きバス。バス停「岐れ道」にて下車、徒歩約10分
■拝観時間:定めなし(道沿いにあるため拝観は自由)
■拝観料金:なし(無料)
■駐車場:駐車場なし
■所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下4丁目(勝長寿院跡地の石碑に隣接)


JR横須賀線「鎌倉駅」から「源義朝公のお墓」へのアクセス・地図



大きな地図で見る


 

口コミ評判投稿数ランキング